第一部 預かりもの
第一章 引受
常喪二五年九月四日(木) 晴 引受予定三二悼 残枠八五〇 残高一、〇八四、二二〇円 メイ五四三、〇〇〇円/悼
悲しみを受け取る日の朝は、体を空けておく。白湯を一杯、食事は抜く。蓮見汐里は玄関で白手袋をはめ、手帳の備考欄に本日の空き容量を書き込んだ。九時の依頼人は妻を亡くした男で、査定書によれば三十二悼。標準的な、つまり、ひとつの人生がまるごと入る重さである。名前は聞かない。名前を聞かないことが、この仕事のほとんど唯一の礼儀だからだ。その朝も彼女は礼儀正しかった。十一ヶ月前から、礼儀だけで立っている。
手帳には数字だけを書く。累積二一五〇、残枠八五〇。生涯に引き受けてよい重さは三千悼までと法律が決めていて、彼女はもう三分の二を使っていた。この数字は戻らない。悲しみを手放しても、枠は戻らない。それでも彼女は毎朝この欄を書き直す。体の帳簿は、自分でつけるほかないからだ。
悼は、悲しみの量の単位だ。一悼は、人をまる一日、立てなくする重さ——講習では、そう教える。三十二悼なら、ひと月とすこし。連れ添いを亡くすというのは、そういう量のことだ。
バスは川沿いを走った。朝の車内で、白手袋は目立つ。認可引受人は業務中の着用を義務づけられていて、この白は、遠くからでもそれと分かるように選ばれた白だという。隣に立っていた学生が、ひとつぶん席を空けた。悪意ではない。たぶん、礼儀ですらない。人はただ、運ばれているものの中身を知っているだけだ。
川を渡ったところで、それは来た。
肋骨の奥で、重さが満ちてくる。三年前に引き受けた、母親を亡くした人の悲しみだ。きょうは九月の四日。あの人の母親の命日が来ている。重さは熱を持たない。音もしない。ただ潮のように決まった高さまで満ちて、体の内側から、日付を覚えていることを告げる。
引くまでに、停留所を三つ過ぎた。汐里は膝の上の鞄を両手で押さえて、窓の外の川面を見ていた。査定の用語では、これを発火と呼ぶ。彼女は、悼む、という言葉のほうを使う。会ったこともない人の母親を、彼女は年にいちど、こうして悼む。
依頼人の家は、坂の途中の古い戸建てだった。門柱の呼び鈴の下に、葬儀社の小さなステッカーがまだ貼ってある。男は六十八歳。査定書の続柄欄には「妻」、等級欄には「SP-2a」、量の欄には「三二・〇悼」とあった。査定はおととい、社の査定人が済ませている。彼女の仕事は、運び出しだけだ。
仏間には、祭壇の白い布がまだ残っていた。おかまいなく、と言ったのに茶が出た。空けてきた体には何も入れないのが作法で、彼女は湯呑みに手を添えるだけ添えて、口をつけなかった。男はそれを見て、ああ、と小さく言った。何かをまたひとつ教わった、という言い方だった。この十一ヶ月、世界じゅうが彼に何かを教え続けているのだろう。葬儀の段取りを、役所の窓口を、ひとりぶんの米の量を。
座卓の隅に、葬儀社のパンフレットが開いたまま置いてあった。オプション一覧の頁だった。六文銭(棺内副葬)、という行の下に、ご悲嘆除去(提携)、とある。同じ書体で、同じ大きさで。
汐里は約款を読み上げた。除去された悲嘆の所有権は株式会社ヨスガに帰属すること。移転後七日以内であれば、取消しを申し出られること。読みながら、この条項が使われたことのないのを彼女は知っている。取り消すには、渡した本人が、もういちど受け取ることを承知しなければならない。承知した人を、彼女は見たことがない。
「同意書は、裁判のための紙です」と汐里は言った。「法則は、書類を読みません。あなたの体が承知したときに、始まります。承知できなければ、始まりません。それは、どちらでもいいんです」
男は同意書に判を押し、それから長いあいだ、判の朱色を見ていた。
移転は、掌を胸骨に当てて行う。触れていること。双方が承知していること。そして、量に見合った時間。条件はそれだけで、それ以外の何も要らない。なぜ移せるのかは、誰も知らない。分かっているのは、常喪このかた、悲しみは癒えないこと、消えないこと、移せること。それだけが分かっていて、それだけの上に、彼女の職業と給料と白手袋が立っている。三十二悼なら、休みを挟んで昼までかかる。移転のあいだ、受け手は動かない。途中で立てば荷が崩れる。崩れた悲しみは断面から痛む——講習ではそう教えるが、実際に崩したことのある引受人は少ない。崩れるより先に、体のほうが承知をやめるからだ。
「始めます」
男のシャツの上から、白手袋の掌を当てた。
最初の数分は、何も起きない。それから、移りはじめる。
重さが来る、としか言いようがない。川底の石を、水ごしに受け取るように。石はひとつずつ来る。連れ添った人の悲しみは、決まって体の脇に座る。長く隣を歩いた側に。この人の場合は、左だった。四十年ぶんの重さが、彼女の左の肋骨の下に、ゆっくりと場所を決めていく。
途中で二度、流れが細くなった。男の体が迷うのだ。手放すことを、体のどこかが承知しない。そういうとき、彼女は待つ。「急がなくていいんです」と、一度だけ言った。せき止められた水が自分で水路を思い出すまで、掌は当てたまま、何もしない。
彼女の側の承知は、いつも簡単だった。受け入れることに、祈りは要らない。落ち着いていれば、それでいい。家賃の計算で足りる。三十二悼、悼あたり九千八百円。頭の隅にそれを置いた瞬間、法則は彼女の体を、承知した、と読む。この市場がどこの上に立っているのかを、彼女はそのたび、掌で確かめることになる。
昼すこし前に、終わった。
男の中から、四十年ぶんの重さは、なくなっている。消えたのではない。そっくりそのまま、彼女の左の肋骨の下に在る。悲しみはこの世から減らない。場所を変えるだけだ。そして、記憶は付いてこない。奥さんの顔も、声も、四十年のあいだに何があったのかも、彼女は何ひとつ受け取っていない。受け取ったのは、重さだけだ。彼女はこれから、知らない人の四十年を、知らないまま悼むことになる。
男は自分の胸に手を当てて、しばらく黙っていた。空いた場所の広さを測る顔だった。それは晴れた顔ではない。軽くなった人は、軽くなったことにまず驚いて、それからたいてい、すこし怖くなる。
「あなたは」と男は言った。「平気なんですか。そんなに、預かって」
「仕事ですから」と彼女は答えた。この答えを、彼女は何年もかけて磨いてきた。嘘がなく、説明もなく、次の質問が続かない答えだった。
「これで」と男は言った。それから湯呑みを見て、畳を見て、もういちど言った。「これで、よかったんですよね」
汐里は完了確認の用紙を座卓に置き、日付を書き、署名した。それが答えの代わりになるように、ゆっくり書いた。よかったかどうかを、彼女は知らない。知らないことに答えないのも、この仕事の礼儀のうちだ。
鞄を閉じてから、彼女は言った。
「ときどき、会いに来られる方もいます。月にいちどくらい。……奥さまの悲しみは、当分わたしが預かっていますから。今週はよく眠っています、というくらいの報告しかできませんが」
男が顔を上げた。
「そんなことが、できるんですか」
「うちの社では、わたしだけです」
できます、とは言わなかった。認められています、とも言わなかった。どちらも、正確ではないからだ。
帰りのバスを待っているとき、社から電話が来た。事務の若い声が、労いを一秒で済ませてから言った。
「蓮見さん、きょうの三二、いつ空けに来ます? 集約の便、金曜まであります」
「空けません。預かります」
「またですか」と声は言った。責める調子ではなかった。棚卸しの数が合わない、というだけの声だ。引き受けた悲嘆は社に集めて、下流へ流す。それがこの仕事の決まった水路で、手元に置くのは水路の外だった。「保管費が浮くんで上は何も言いませんけど。蓮見さんの体のほうが、帳簿より先になくなりますよ」
「気をつけます」と彼女は言って、電話を切った。
バスの窓に、夕方が来ていた。三十二悼で、手取り三十一万三千六百円。ひと月のノルマを一日で越えた。指名の大口はありがたい、と思う。ありがたい、という言葉のこういう使い方を、この十一ヶ月で覚えた。
部屋は、朝出たときのままだった。
台所の壁に、日めくりのカレンダーが掛かっている。市販のものではない。画用紙を綴じて作った手製で、一枚ごとに数字が書いてある。いちばん上の一枚には、子どもの字で、のこり621日、とある。
汐里はそれをめくらなかった。今夜も、めくらない。
左の肋骨の下で、今日の悲しみが座りを決めていく。四十年、誰かの隣を歩いた重さが、他人の体の中で、遠慮がちに。
彼女は白手袋を外して洗い、窓辺に干した。白は、乾くあいだだけ、ただの布に戻る。