第二章 ゼロえんのレシート
常喪二五年九月五日(金) 曇 引受なし 残枠八一八 残高一、〇八四、二二〇円 メイ五四六、〇〇〇円/悼
月にいちど、汐里は空の段ボールを三つ持って、その部屋の前に立つ。今夜で十一回目だった。
ドアを開けると、十一ヶ月ぶんの静けさが廊下へ流れ出してくる。六畳の子ども部屋。薄い水色のカーテン。学習机の上に、ランドセルが置いたままになっている。彼女は電気を点け、段ボールを組み立てて、床に三つ並べた。箱には何も書いていない。のこすもの、ゆずるもの、と最初の夜に書きかけて、三つめの箱に書く言葉がなかったからだ。
彼女は運び出しの専門家だ。よその家でなら、ひとつの人生を昼までに運び終える。この部屋では、十一ヶ月かけて、まだ何ひとつ箱に入っていない。
机の抽斗から始めることにした。
いちばん上の抽斗には、学校のプリントが入っていた。保護者会のお知らせ。歯科検診の結果。そのあいだに、小さく畳まれた算数のテストが挟まっている。四十五点。畳み方が几帳面で、几帳面さが、隠しごとの形をしていた。
嘘をつくとき、娘は語尾が丁寧になった。おかあさん、きょうは、プリントはとくにないです。ないです、が出たら探せばよかった。畳まれたテストはいつも、ランドセルの底か、抽斗のこの位置にあった。
汐里はテストを畳み直して、抽斗に戻した。箱には入れなかった。
二段目の抽斗に、輪ゴムで留めた紙の束があった。
ちらしの裏を切って作った、ごっこ遊びのレシートだった。おみせやさんの時期のものが多い。りんご 100えん。ジュース 50えん。ぜんぶで 150えん、まいどありがとうございました。数字の書き方が、年ごとに変わっていく。束の下のほうに、一枚だけ、他と違うものがあった。
かなしみ ひきうけ 1かい 0えん
七つのときだ。母親の仕事を、娘はどこかで見てきたように——見せたことは一度もない——ある夕方、汐里を座らせて、小さな掌を胸に当てた。目をつぶって、長いあいだ、じっとしていた。それから台所へ走っていって、この一枚を書いて戻ってきた。
おだいは、ゼロえんです。
どうしてゼロえんなの、と訊いたのだったと思う。答えは覚えていない。覚えていないことが、この十一ヶ月、開いたり閉まったりしている。
彼女はその一枚だけを束から抜いて、床に置いた。箱には、入れなかった。
娘は朝の食卓で、毎日おなじことを訊いた。
きょうの悲しみは、何キロ?
仕事の日は正直に答えた。三キロくらい、と言えば、娘は麦茶を注ぎながら監督官の顔になった。三キロこえたら、テレビきんし。だれが決めたの。なぎ。
決められた側は、笑って従うしかない。娘の帳簿はいつも彼女の帳簿より厳しく、そしていつも、彼女の味方ではなく彼女の体の味方をした。
機嫌のいい日は、報告がひとつ増えた。きょうも、やぶれなかった。給食の牛乳のフィルムを、破らずに剥がせたかどうかの報告だった。何の役にも立たない技術を、娘はこの世でいちばん大事な技術のように磨いていた。
台所のカレンダーは、その帳簿の続きだった。
十歳になったら、やめてね。
いつだったか、娘は言った。おかあさんの仕事、十歳になったらやめて。それで、海に行こう。おかあさんの海。
いいよ、と彼女は言った。言ってから、指を折って数えはじめる娘を見た。数えきれなくなった娘は、画用紙で日めくりを作った。のこり683日、と最初の一枚に書いた。一日ずつめくって、ゼロの日に、やめる。ゼロの日に、海。
約束は、そういう形に綴じられた。
押し入れの衣装ケースの上に、桐の小箱がある。開けなくても中身は分かっている。臍の緒と、母子手帳と、お七夜の命名書。
凪。
その字を選んだとき、いい顔をした人はいなかった。世界が悲しみを流せなくなった日を、世間は凪の日と呼ぶ。海が凪ぐように、人の中で悲しみが動かなくなった日。縁起でもない、と夫は言った。あの日の名前を子どもにつける親が、どこにいる。
海辺の町で育った彼女にとって、凪は先に、夕方の時間の名前だった。嵐がやんで、風が落ちて、水面が空をそのまま持っている時間。世界のほうが後から、その名前を悪くしたのだ。
返してもらう、と思った。それで通した。夫が折れた、数少ない口論だった。
小箱は、開けなかった。
部屋の隅に、毛布を掛けた四角いものがある。中古の電子キーボードだった。
父親がキーボード弾きだったと、娘はどこかで知った。教えたのは彼女ではない。知った週からピアノを習いたいと言い出して、月謝の安い教室と、リサイクルショップのこれとで、習いはじめた。
同じ小節で、いつもつっかえた。
つっかえる場所は最後まで直らず、その先の部分だけが上手くなっていった。夕方の練習の音を台所で聞きながら、また来た、と思う。つっかえて、止まって、すこし戻って、また同じ場所でつっかえる。直してあげられる種類のことではなかった。彼女にできるのは、つっかえた音のあとの沈黙を、台所で一緒に数えることだけだった。
毛布は、掛けたままにした。
六歳の夏に、娘はスーパーで髪ゴムをひとつ、ポケットに入れた。
光るビーズのついた、三百円のゴムだった。見つけて、彼女は娘の手を引いてスーパーへ戻り、店長に謝らせた。自分も隣で頭を下げた。帰り道、ふたりとも黙っていた。商店街の角のコロッケ屋の前で、娘の歩幅が小さくなった。
彼女はコロッケをひとつ買って、半分に割った。
それが型になった。叱ったあと、けんかのあと、ふたりの言葉が使いものにならなくなったときは、あの道を歩いて、ひとつ買って、半分。あやまりかたと、ゆるしかたを、ソースの匂いに覚えさせた。
あの道は、通学路より三分だけ遠回りだった。
事故の週のはじめに、発表会に行けなくなった、と娘に言った。
大口の引受が三件、同じ日に入った。断れる立場ではなく、断らなかった。娘は、わかった、と言った。それから、消しゴムのかすを集めながら、机に向かったまま言った。
よその悲しい人のほうが、うちより大事なんでしょ。
言い返した言葉を、覚えていない。覚えているのは、その日の麦茶が注がれなかったことだけだ。
事故の日は、雨上がりだった。
ピアノ教室から、休講の連絡が三度入っていた。三件重ねの取り込みのあいだ、携帯は鞄の中で、彼女は他人の胸に掌を当てていた。移転のあいだ、受け手は動けない。気づいたときには、同じ番号の着信が三つ、並んでいた。
休講を知らない娘は教室へ向かい、教室の前で引き返して、通学路ではなく、あの道を選んだ。コロッケ屋の角のT字路。夕方の、二トントラック。
電話に出ていれば、と考える夜は、実はそれほど多くない。彼女を放さないのは、もっと小さい問いだ。
あの日、あの道を選んだとき、娘は何を仲直りしにいくつもりだったのか。半分こするつもりの相手は、発表会に来ない母親のほかに、いたのだろうか。
問いはいつも同じ場所でつっかえて、止まって、すこし戻って、また同じ場所でつっかえる。
通夜の晩のことは、順番では覚えていない。いくつかの場面だけが、ばらばらの明るさで残っている。
そのなかの一枚に、社長がいる。
桐山遼子は喪服で来て、正しい長さの弔辞を言い、正しい深さで頭を下げた。業界の母と呼ばれる人で、駆け出しのころに潰れかけた汐里を拾ったのも、この人だった。桐山は焼香を済ませると汐里の隣に座り、しばらく、黙っていてくれた。それから、息を吸った。
蓮見さん。会社としてね——
そこまで聞いたとき、汐里の両手はもう、喪服の膝の上で白手袋をはめ直していた。考えて動いたのではない。体が先に、店じまいをした。
桐山はその手を見て、続きを言わなかった。そう、とだけ言った。しんどくなったら、いつでも。
あたたかい人だ、といまでも思う。あの晩のことを思い出すとき、彼女はいつも、自分の手だけを思い出す。
押し入れの下の段から、懐中電灯が出てきた。
台風の夜のための備えで、単一電池が二本、まだ入っている。
あの停電の夜、ふたりは布団を並べて、天井に影絵をやった。犬、鳥、きつね。彼女のレパートリーが尽きたころ、娘が両手をぐにゃりと組んで、天井に何かを泳がせた。
くらげ。
なんでそんなに上手いの、と訊いたら、娘は答えず、くらげを泳がせ続けた。天井の端から端まで、ゆっくり、往復させた。ふたりで笑いが止まらなくなって、止まらないまま、どちらが先か分からないうちに眠った。
ただ、それだけの夜だった。何の役にも立たない、何にもつながらない、ただそれだけの夜が、この部屋にはまだ何十も仕舞われている。
汐里は懐中電灯を消して、元の場所に戻した。
段ボールは、三つとも空のままだった。組み立てて、また畳んだ。畳んだ箱を壁に立てかけ、電気を消す前に、床のレシートを一枚だけ拾った。
かなしみ ひきうけ 1かい 0えん
手帳を開いて、数字の頁に挟んだ。累積二一八二、残枠八一八、と自分の字で書いてある、その頁に。