第三章 面会日

  常喪二五年九月六日(土) 晴 面会一件〇円 残枠八一八 残高一、〇八四、二二〇円 メイ五四四、〇〇〇円/悼

 面会の日は、体を空けない。渡すものも、受け取るものもないからだ。かわりに彼女は部屋を掃き、座卓を拭いて、茶を淹れる支度をする。

 十時きっかりに呼び鈴が鳴って、小田島おだじまたもつが立っていた。片手に、新聞紙で包んだ茄子なすの束。今年のは皮が柔らかい、と挨拶より先に言った。

 月にいちど、彼はこうして来る。もう二年になる。依頼人の名前は聞かないのがこの仕事の礼儀だが、面会に来る人は別だった。名前が分からないと、帳面がつけられない。

 査定書の言葉では、小田島保、SP-1c、二九悼。SPは連れ合いを亡くした悲しみの類別、1は純度の等級、cは急がなくなった古さの記号。彼女の帳面では、敏江としえさんのぶん。

 台所で茶を淹れ、湯呑みをふたつ、座卓に置いた。きょうの茶は、飲むための茶だ。

 「では、始めます」

 帳面を開く。

 「今月は、おおむね静かでした。よく眠っています。雨の続いた週に、すこし重くなりました。それから——水曜の明け方に、一度、強く目を覚ましました。三日です。九月の三日は、何の日ですか」

 小田島は湯呑みを持ったまま、すこし黙った。

 「女房の、誕生日です」

 「そうでしたか」

 「わたしは」と彼は言って、湯呑みを置いた。「カレンダーを見て、思い出しました。朝から、そういう日だと知っていました。知っていて、何も来ない。あれのほうが」——と、彼は汐里の右の腰のあたりを、遠慮がちに指さした——「わたしより、覚えてる」

 最初の面会の日に、場所を訊かれた。右の腰の上です、と答えてから、彼はいつも、そこへ向かって話す。

 それから彼は、いつものように近況を話した。茄子の出来。町内の草刈りの当番。孫が自転車に乗れるようになったこと。汐里にではなく、彼女の右の腰の上に向かって話す。話しているあいだ、そこにあるものが起きて、聞いている、と分かる。水面が、声の形にすこし動くように。

 覚えている、というのはこういうことだ、と彼女は思う。記憶は彼にあって、重さはここにある。意味は向こうに、日付はこちらに。ひとつだったものがそういう分かれ方をして、月にいちど、この座卓の上で落ち合う。

 彼が売った事情を、彼女は最初の日に聞いた分だけ知っている。介護の五年で、借金が家の分まで届きましてね。女房が守った家です。家を売るか、これを売るかでした——それきり、彼は言い訳をしたことがない。彼女も、訊いたことがない。

 娘のことがあった月も、彼は来た。何も訊かなかった。茄子だけが、いつもより多かった。

 「近ごろ」と、湯呑みが空になったころに小田島は言った。「空いたところを覗くと、なんだか、薄いのがあるんです。悲しいんじゃない。覚えてるのに何も来ない、その、何も来ないところに、薄い膜みたいなのが張ってきて。……これは、なんですかね」

 汐里は帳面を閉じた。

 「分かりません」

 知らないことに答えないのは、この仕事の礼儀だ。ただ、このときの分かりません、は、礼儀だけでもなかった。

 「これも、いつか売れますかね」と彼は笑った。冗談の形をした、冗談ではないものだった。彼女は茶を注ぎ足して、それには答えなかった。

 玄関で靴を履くと、小田島はかまちに手をついて立ち上がり、また来月、と言った。それから彼女の右の腰のあたりに、軽く頭を下げた。汐里にではなく。

 夕方、彼女は商店街へ出た。公園の前のベンチに、熊谷くまがい芳江よしえがいた。

 膝の上の手帳に、何か書いている。書き終わるのを待って声をかけると、熊谷は顔を上げるより先に言った。

 「新しいの、入ったろ」

 「木曜に。三十二」

 「歩き方で分かるよ」

 手帳は膝の上で開いたままになっていた。細い字で、花の名前が縦に並んでいる。竜胆りんどう都忘みやこわすれ。金木犀きんもくせい。名前の横に、小さな数字。

 「それが、花帳はなちょうですか」

 「うちの子たちの名簿だよ」と熊谷は言った。「あんたは帳面、あたしは花。どっちも、同じ工夫だ」

 あといくつですか、と訊いたことは一度もない。訊く前に、熊谷はいつも自分から言う。

 「あと三十そこそこで、満量だ」

 声に、惜しむ調子も怖がる調子もなかった。あしたは晴れる、と言うのと同じ声だった。

 熊谷は手帳を閉じて、立てかけてあった杖を取った。

 「帰りな。預かりものの多い日は、日のあるうちに歩くもんだ」

 言われたとおり、日のあるうちに帰った。台所で茄子を洗いながら、右の腰の上の重さが、ゆっくりと眠りに戻っていくのが分かった。

 来月の帳面の一行目は、もう決まっている。よく眠っています、と書く。

【資料】株式会社ヨスガ 文書(常喪二五年六月付・蓮見汐里宛)

貴女様お預けの悲嘆体に係る管理タグ無効化事案について(経過のご報告とお詫び)

平素より格別のご勤励を賜り、厚く御礼申し上げます。標記の件につきまして、社内調査により判明いたしました経過を、下記のとおりご報告申し上げます。

 常喪二四年一〇月二六日 ご息女様ご逝去。貴女様の体内に悲嘆体(後日査定・九六・〇悼)が発生

 同年一一月 労働災害査定(業務適性確認・法定)のため、第三査定センターへ一時移転(規定・最長七二時間)

 同査定期間中 当該悲嘆体の管理タグが無効化(原因調査中)

 同年一一月〜翌五月 タグ不明のため「無主悲嘆体」として法定保管(六ヶ月)

 常喪二五年五月 遺失物法準用によるサルベージ競売にて落札(落札者は非公開)

 同年六月 悲嘆取引所に組成・上場(上場銘柄「メイ」との同一性は未確認)

なお、タグ無効化の原因につきましては引き続き調査中であり、現時点において人為的な操作の事実は確認されておりません。本件により貴女様に多大なるご心痛をおかけしておりますことを、深くお詫び申し上げます。

株式会社ヨスガ 管理部