第二十四章 暴落の設計

  常喪二六年六月二三日(火) 晴 引受なし(認可停止) 残高七一、三三〇円 メイ六五五、〇〇〇円/悼

 封書は、書留で来た。差出人は、フリーポートの管理法人だった。

  分割等処分に係る立会権行使のご案内

  対象 CL-1a(呼称メイ) 九六悼

  処分内容 物理分割(一二口への現物化)および小口売却

  処分期日 六月二八日 第一六八回四十九日決済

  原悲権者は処分に立ち会うことができます(悲嘆取引法三一条)

 彼女は書面を、三度読んだ。三度目でも、意味は変わらなかった。

 娘が、切られる。

 弁護士に電話をすると、向こうはもう知っていた。知っているどころか、声に張りがあった。

 「香月商会が、追証を割ったんです」と弁護士は言った。「判決期日が指定されて、CLの先物が荒れた。祭祀財産化の目があるとなれば、子喪失類は全部、法的リスクを織り込みにいく。香月さんはメイを担保に借りて買っていますから、担保の値が揺れれば、追加の証拠金を積むしかない。積めなければ——債権者団は、担保を換金します」

 「換金」と彼女は言った。

 「十二口に戻して、小口で売る。一括では、もう誰も買えない値ですから。バラせば、はけます」

 バラせば、はける。魚河岸の言葉のようだった。書面の、物理分割、という四文字よりも、弁護士の、バラす、の方が正確に聞こえた。

 「先生」と彼女は言った。「CLの先物が荒れたのは、私の裁判のせいですか」

 電話の向こうが、一拍、あいた。

 「……裁判は、あなたの権利です」

 「荒れて、儲かった人たちが、この裁判の費用を出している。そうでしたね」

 「支援者の利害と、あなたの利害は、これまで同じ方向でした」と弁護士は言った。「これからも、おおむね同じです。おおむね、ですが」

 電話を切ってから、彼女は台所の椅子に、長く座っていた。

 借り賃の形は、まだ見えなかった——契約の日、彼女はそう思って、見えないものに判を押した。見えた。借り賃はこの形をしていた。彼女が娘のために起こした裁判が、相場を揺らし、揺れが香月の借金を締め、締まった借金が、娘を十二に切る。彼女の武器が、回り回って、彼女の目的の喉元に届いていた。誰も設計していないのに、全体としては、設計図のように精巧だった。

 夜、宇津木に電話をした。

 「物理分割は」と宇津木は言って、すこし黙った。この男の沈黙は、いつも定規で測ったような長さをしていた。「……組成は、まだ引き返せます。十二口に組んでも、悲しみそのものは切れていない。書類の上の区分けです。しかし現物化は、違う。節理せつりに沿って、実際に裂きます」

 「節理」

 「悲しみには、目があります。木目のような。九十六悼をひとつの体で抱えられる人間は少ないですから、小口にするには、目に沿って裂くしかない。裂いた面は、二度と合わさりません。合わせて持っても、十二個の悲しみです。一つには、戻らない」

 「肌理は」

 「断面のぶんだけ、新しく摩れます。それから——」宇津木の声が、そこで初めて、定規を外れた。「蓮見さん。裂いたものは、応えません。深まる動きは、全体がひとつであるから起きる。十二に裂いた悲しみは、十二の残響になります。呼んでも、こだまが十二、返るだけです」

 永久に、という言葉を、宇津木は使わなかった。使わないことで、言った。

 「予備検分が、始まっています」と宇津木は続けた。「分割には、節理を読める熟練の受け手が要ります。二人、もう現地に入っている。毎日すこしずつ触れて、どこで裂けるかを、探している」

 彼女は目を閉じた。

 知らない男たちが、白い部屋で、娘に掌を当てている。悼むためでも、確かめるためでもなく、どこで裂けるかを探すために。娘の悲しみの木目を、指がゆっくりなぞっていく。それが毎日、行われている。合法で、手続きに則って、書式の整った形で。

 この世界の恐ろしさは、いつも書式の整った形で来た。

 「立会権を、行使します」と彼女は言った。

 「値が動きますよ」と宇津木は言った。あなたが動くと値が動く——二十ヶ月前から、この世界が彼女に教え続けてきたことだった。「原悲者の立会は、認証の思惑を呼ぶ。分割前に値が上がれば、債権者団は喜ぶだけです」

 「知っています」と彼女は言った。「でも、行かない、という選択は、最初からないんです」

 娘が切られる部屋に、母親がいない。その一行だけは、どの帳簿にも、書かせるわけにはいかなかった。

 のこり、一六日。